大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所 昭和57年(ワ)1260号 判決 1989年9月27日

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用中、甲事件、丁事件に係る分は原告林正良の、乙事件、丙事件に係る分は原告辻本靖夫の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  甲事件・丁事件原告林正良(以下「原告林」という。)

1  甲事件被告東京瓦斯株式会社(以下「被告東京瓦斯」という。)、丁事件被告朝日興産株式会社(以下「被告朝日興産」という。)は、各自原告林に対し、金八〇〇〇万円及びこれに対する昭和五四年一一月一二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を各支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言

二  乙事件・丙事件原告辻本敏夫(以下「原告辻本」という。)

1  乙事件被告東京瓦斯株式会社(以下「被告東京瓦斯」という。)、丙事件被告朝日興産株式会社(以下「被告朝日興産」という。)は、各自原告辻本に対し、金二五〇〇万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五四年一一月一二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を各支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言

三  被告東京瓦斯・同朝日興産

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者双方の主張

一  原告ら主張の請求原因

1  被災建物と原告らとの関係

原告林は、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有し、本件建物の一階部分約二〇坪(別紙添付図面A部分。以下「A部分」という。)を訴外伊藤幸子(以下「伊藤」という。)に賃貸し、伊藤は同所において「し乃」という屋号で大衆割烹料理店(以下「し乃」という。)を経営していた。

また、原告辻本は、本件建物一階部分約三三坪(別紙添付図面B部分。以下「B部分」という。)を原告林から賃借し、同所において、「華」という屋号でクラブを経営していた。

なお、本件建物二階部分は原告林が住居兼店舗として使用し、美術商を営んでいた。

2  火災の発生

本件建物は、昭和五四年一一月一二日午後四時四六分ころ、「し乃」の調理場のガスレンジ(以下「本件ガスレンジ」という。)付近から出火して全焼した。

右火災の原因は、本件ガスレンジのこんろとこれに接する壁面との間隔が約五センチメートルしかなかったために、右壁板や柱がこんろの火によって熱せられて炭化し、炭化した部分に着火したことにある。

3  本件ガスレンジ設置の経緯

被告東京瓦斯は、昭和五四年一〇月一八日ころ、その業務委託店である被告朝日興産を通じて、伊藤から、「し乃」にガス導管とガス栓を設置することを依頼され、その際、ガス栓と本件ガスレンジの接続工事(以下「本件接続工事」という。)を依頼された。

被告東京瓦斯は、右依頼を承諾し、被告朝日興産に右各工事を行うよう指示し、被告朝日興産は、同月二四日及び二六日ころ、被告朝日興産の従業員である橋本正利、菅野隆(以下、右両名を「橋本ら」という。)に命じて右各工事を行った。

4  橋本らの重大な過失

本件建物は、全体として木造モルタル造りであり、本件ガスレンジを設置した後方の壁は、木板を一定の間隔を空けながら横に張り(以下「木摺」という。)、その上に縦に柱状の木を半間おきに並べ、その上にベニヤ板を張り、ベニヤ板の上にステンレス板を張ったものであり、本件建物が木造モルタル造りであることから見て、壁面内部に右のような可燃性の建築材が多量に使用されていることは何人にも容易に想像することができるものであった。

また、本件ガスレンジは、間口九〇〇ミリメートル、奥行六〇〇ミリメートル、高さ八〇〇ミリメートル、熱量毎時二六〇〇〇キロカロリー、こんろ数三口(一八五W二口、九五S一口)、オーブン付、重量約一一〇キログラムの業務用こんろであり、このような火力の大きい業務用ガスレンジを壁面に密着して設置すれば火炎が直接ステンレスの表面に接炎し、その熱で壁内部の木製部分が炭化して発火する危険が大きいものであった。

したがって、本件ガスレンジを設置するに当たっては、火災の危険を防止するため、本件ガスレンジと壁面との間に安全な距離を保つべき業務上の注意義務があったというべきである。

ちなみに、川口市火災予防条例(以下「条例」という。)三条三項一号によると、ガスレンジの位置は、「不燃材料以外の材料による仕上げ又はこれに類似する仕上げをした建物等の部分及び可燃性の物品から別表3の炉及びかまどの項に掲げる数値以上の距離を保つこと。」とされ、右別表3によると、炉(開放式)のうち据置型レンジ(入力九〇〇〇カロリー毎時以下)や、調理器具(開放式)でバーナーが露出している卓上型こんろ(二口以上、入力九〇〇〇キロカロリー毎時以下)の場合、いずれもガスレンジとその後方の壁面等との間には一五センチメートル以上の距離を保たなければならないとされている。

そして、本件ガスレンジの熱量は毎時二六〇〇〇キロカロリーであり、条令別表3記載のガスレンジよりはるかに大きいものであるから、本件ガスレンジと後方壁面との距離は、条令で定める一五センチメートルよりも、さらに大きくすべきであった。しかるに、橋本らは、本件ガスレンジを壁面に密着させて設置し、一五センチメートルの間隔を空けなかったのであるから、橋本らのした本件ガスレンジの設置については重大な過失がある。

5  原告らの損害

原告林は、本件火災により別紙損害目録一記載の財産を焼失し、同目録記載のとおり、合計一億二五八九万円の損害を受け、原告辻本は、本件火災により別紙損害目録二記載の財産を焼失し、同目録記載のとおり、合計二五〇〇万五〇〇〇円の損害を受けた。

6  被告らの責任

(一) 被告朝日興産は、橋本らの使用者であり、橋本らは、被告朝日興産の業務執行中に、前記重大な過失による不法行為を行ったものである。

したがって、被告朝日興産は、橋本らの右不法行為につき使用者責任(民法七一五条)を負っているものである。

(二) 被告東京瓦斯は、被告朝日興産とサービス店取引基本契約及びこれに基づく装置工事請負契約及び業務委託契約を締結しており、被告東京瓦斯は、右契約に基づき、被告朝日興産の従業員に対し、被告東京瓦斯において定めたガス器具などの設置基準に基づいて工事するように指揮監督し、委託業務完了時には、その旨を報告させ、自ら検収を行う権限を有している。

また、被告朝日興産は、店頭に「東京ガス」の看板を掲げ、被告東京瓦斯のサービス店業務を行うときは、被告東京瓦斯が定めた制服を着用し、被告東京瓦斯が定めた資格を有する従業員に業務を担当させることにしている。

以上によれば、被告朝日興産は、被告東京瓦斯の企業組織の一部をなしているというべきである。

したがって、被告東京瓦斯は、被告朝日興産の従業員であった橋本らの前記不法行為につき使用者責任(民法七一五条)を負っているものである。

(三) 仮に、被告東京瓦斯が伊藤から本件接続工事の依頼を受けていなかったとしても、以下の理由により、本件接続工事は被告らの業務の遂行としてなされたものというべきである。

(1) ガス栓にガス器具を接続することは、ガス導管及びガス栓の設置工事に付随する一体不可分の工事であり、被告らがガスの需要者からガス導管及びガス栓の設置工事を依頼された場合に、工事担当者がサービスとして右接続工事をすることは日常茶飯事である。

そして、ガスの需要者は、ガス導管及びガス栓の設置工事を被告東京瓦斯に依頼した場合に、工事担当者がガス器具について火災予防上適切な措置をしてくれるものと信じるのが通常である。

したがって、橋本らがした本件接続工事は、その外観上、被告らの業務執行としてなされたものである。

(2) ガス事業法四〇条の二第四項によれば、ガス事業者は、その供給するガスによる災害が発生し、または発生するおそれがあることを知ったときは、速やかにその防止措置をとらなければならないこととされており、また同法一七条一項により通商産業大臣の認可を受けた供給規定によれば、保安上の取扱に注意を要する特殊なガス消費機器を設置する場合には、被告東京瓦斯の承諾を要することとされており(同規定三四(一))、また、被告東京瓦斯は、ガス器具の設置場所に立ち入って、ガス器具が技術上の基準に適合しているかを調査し(同規定三二(二)、三五)、保安上必要と認めるときは、ガス器具の修理、改造、移転もしくは特別の施設の設置を求め、または使用を禁止することができることとされている(同規定三三(三))。

以上によれば、被告らは、業務の過程においてガスレンジと壁面が接着し火災発生の危険がある状態を発見した場合には、その危険を防止するため、ガスレンジと壁面との間に火災予防上必要な安全な距離を設けるよう適切な措置をとるべき業務上の義務があるというべきである。

しかるに、被告らは、橋本らに対し、右業務上の注意義務に関する指揮監督を怠っていたため、橋本らは前記のような重大な過失を犯したものであり、被告らは、橋本らの前記不法行為につき損害賠償の責任を負っているものである。

7  よって、原告林は被告らに対し各自金八〇〇〇万円、原告辻本は被告らに対し各自金二五〇〇万五〇〇〇円及び右各金員に対する本件火災の翌日である昭和五四年一一月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  (被告ら)

請求原因1は不知。

2  (被告東京瓦斯)

同2のうち、火災の原因は否認し、その余は不知。

本件火災が発生したのは午後四時四六分ころであり、本件ガスレンジは、当日午後三時以降は使用されていなかった。また、出火箇所は、本件ガスレンジから三メートル以上も離れた天井であり、鎮火後、本件ガスレンジ後部の壁面には焦げることなく原状をとどめた木材部分があった。したがって、本件火災は本件ガスレンジの使用によって発生したものではない。

(被告朝日興産)

同2のうち、火災の原因は否認し、その余は不知。

3  (被告ら)

同3のうち、被告東京瓦斯が、昭和五四年一〇月一八日ころ、その業務委託店である被告朝日興産を通じて、伊藤から、「し乃」にガス導管とガス栓を設置することの依頼を受け、被告朝日興産に右各工事を行うよう指示したこと、被告朝日興産の従業員である橋本らが右各工事及び本件接続工事を行ったことは認めるが、その余は否認する。

被告東京瓦斯は、伊藤から本件接続工事の依頼を受けたことはなく、被告朝日興産に本件接続工事を行うように指示したこともない。

また、橋本らが本件ガスレンジを「し乃」に設置したことはなく、橋本らは、既に「し乃」に設置されていた本件ガスレンジとガス栓を接続したに過ぎない。

4  (被告東京瓦斯)

同4のうち、本件ガスレンジの後の壁面にステンレス板が貼ってあったこと、条例の内容(ただし、本件火災発生当時には、別表3はなかった。)、本件ガスレンジの大きさ、性能、重量などはいずれも認めるが、その余は争う。

本件ガスレンジの後壁は、内壁(土)の上に厚さ三ミリメートルのベニヤ板、厚さ〇・三ミリメートルのトタン板、厚さ三ミリメートルのプリント合板各二枚を交互に貼り、その上にモルタルの下地処理をした上、厚さ〇・三ミリメートルのステンレス鋼板を貼ったものであった。

なお、橋本らは、昭和五四年一〇月二四日、「し乃」の内装工事人に対し、壁には不燃材料を使用するように注意し、同月二六日、本件接続工事に先立ち、内装工事人に確認したところ、工事人が壁を不燃構造にした旨答えたので、橋本らは、ステンレスの内側の壁は不燃構造になっているものと信じていた。

本件火災の発生当時の条例は、ガス器具と建物の距離は、火災予防上安全な距離を保つことを規定していたに過ぎない。また、業務用の大型ガスレンジは、狭い場所でも使えるように、可燃性の壁に密着して使用しても火災の危険のない機種が多数ある。

そのため、業務用の大型ガスレンジについては、離隔距離に関する公的規制がなされておらず、各機種毎に火災予防上安全な離隔距離を判断すべきこととされている。

本件ガスレンジは、後壁から三センチメートル離れて設置されていたものであり、右程度の間隔が保たれていれば、本件ガスレンジの使用によって火災が生じることはない。

(被告朝日興産)

同4のうち、本件ガスレンジの後の壁面は、旧ステンレス板の上に木摺があり、その上に新ステンレス板が貼られていたこと、条例の内容(ただし、本件火災発生当時には、別表3はなかった。)は認めるが、本件ガスレンジの性能などは不知、その余は争う。

なお、橋本らは、昭和五四年一〇月二四日、伊藤から「し乃」の内装工事を請け負った青木建設有限会社の代表者青木博徳(以下「青木」という。)に対し、壁には不燃材料を使用するように注意したところ、同人は、これを了承した。そして、同月二六日、本件接続工事に先立ち、内装工事人に確認したところ、工事人が壁を不燃構造にした旨答えたので、橋本らは、ステンレスの内側の壁は不燃構造になっているものと信じていた。

本件火災の発生当時の条例は、ガス器具と建物の隔離距離について、火災予防上安全な距離を保つことを規定していたに過ぎない。また、業務用の大型ガスレンジは、狭い場所でも使えるように、可燃性の壁に密着して使用しても火災の危険のない機種が多数ある。そのため、業務用の大型ガスレンジについては、隔離距離に関する公的規制がなされておらず、各機種毎に火災予防上安全な隔離距離を判断すべきこととされている。

5  (被告ら)

同5は不知。

6  (被告朝日興産)

同6の(一)のうち、被告朝日興産が橋本らの使用者であること、橋本らが被告朝日興産の業務執行中に本件接続工事をしたことは認めるが、その余は否認する。

(被告東京瓦斯)

同6の(二)のうち、被告東京瓦斯と被告朝日興産とがサービス店取引基本契約、装置工事請負契約及び業務委託契約を締結していたこと、被告東京瓦斯が委託業務完了後被告朝日興産から所定の装置図面の送付を受けて工事内容を検収すること、被告朝日興産が店頭に「東京ガス」の看板を掲げ、被告東京瓦斯のサービス店業務を行うときは、被告東京瓦斯が定めた制服を着用し、被告東京瓦斯が定めた資格を有する従業員に業務を担当させることにしていることは認めるが、その余は否認する。

(被告ら)

同6の(三)の(1)は争う。

同6の(三)の(2)のうち、ガス事業法及び供給規定の内容は認めるが、その余は争う。

(被告東京瓦斯)

ガス事業者がガス事業法四〇条の二第四項によって措置義務を負うのは、ガスの使用者から災害が発生し、または発生するおそれがあることの通知を受けた場合、または、ガス事業者が自らこれを知った場合のみである。しかしながら、被告東京瓦斯は、伊藤から右の通知を受けたこともないし、自らこれを知ったこともないので、被告東京瓦斯が同条による措置義務を負担することはない。

ちなみに、同条の二第三項によれば、ガス事業者は、消費機器の所有者又は占有者に対し、とるべき措置及びその措置をとらなかった場合に生ずべき結果を通知するのみであり、具体的措置をとるべき者は、その消費機器の所有者又は占有者であるとされているのである。したがって、ガス消費機器の安全性は、第一次的には使用者自身によって確保すべきであり、ガス事業者の措置義務は補完的なものであるというべきである。

供給規定三二(二)は、消費機器が法令で定める技術上の基準に適合しているかについて調査することとされているが、右法令は、ガス事業法四〇条の二第二項、ガス事業法施行規則八四条、八五条であるところ、ガスレンジは、右施行規則八四条一項に定める消費機器のいずれにも該当しないので、被告東京瓦斯は、本件ガスレンジについていかなる調査義務も負担していない。

供給規定三三(三)により、被告東京瓦斯がガス使用者に対し、ガス器具の修理、改造、移転もしくは特別の施設の設置を求める義務が生じるとしても、それは、被告東京瓦斯において保安上必要と認めた場合に限られるものである。

三  被告東京瓦斯の抗弁

1  原告林は、訴外林一子が本件建物につき大正海上火災保険株式会社との間に締結していた火災保険契約に基づき、昭和五四年一二月三日、右保険会社から一〇三三万三三三四円の保険金の支払を受けた。

したがって、仮に、原告林が被告東京瓦斯に対し、損害賠償請求権を有するとしても、右のうち一〇三三万三三三四円の請求権は右保険会社に移転した。

2  原告林は、本件建物につき日動火災海上保険株式会社との間に締結していた火災保険契約に基づき、右保険会社から四六六万六六六六円の保険金の支払を受けた。

したがって、仮に、原告林が被告東京瓦斯に対し、損害賠償請求権を有するとしても、右のうち四六六万六六六六円の請求権は右保険会社に移転した。

四  抗弁に対する認否

抗弁1、2は認める。

第三  証拠関係<省略>

理由

一  被災建物と原告らとの関係

<証拠>によれば、原告林は、本件建物を所有し、昭和五四年一〇月一日ころ、同建物の一階部分約二〇坪(A部分)を伊藤に賃貸し、伊藤は、同建物において、大衆割烹料理店「し乃」を営んでいたこと、原告辻本は、本件建物一階部分約三三坪(B部分)を原告林から賃借し、同建物において、クラブ「華」を経営していたこと及び原告林は、本件建物二階部分に居住していたことが認められ、これに反する証拠はない。

二  本件火災の発生に至る経緯と火災の原因

<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  本件建物は、昭和三九年五月ころ建築された木造モルタル塗二階建店舗(ただし、原告林において一部三階建てに無断増築)であり、A部分は、伊藤が賃借する以前も飲食店(炉端焼店)として使われていた。

2  伊藤は、昭和五四年一〇月一日ころ、大衆割烹料理店を開店するため、A部分を賃借し、その内装工事を有限会社青木建設(以下「青木建設」という。)に依頼した。

また、伊藤は、有限会社松戸商会から、間口九〇〇ミリメートル、奥行六〇〇ミリメートル、高さ八〇〇ミリメートル、ガス消費量毎時三一二〇〇キロカロリー、こんろ数三個(手前にバーナーの直径一八〇ミリメートルのこんろが2個、奥にバーナーの直径一二五ミリメートルのこんろが一個)、オーブン(内寸・間口四八〇ミリメートル、奥行五〇〇ミリメートル、高さ二九〇ミリメートル)付、重量一一〇キログラム、据置型の本件ガスレンジ(別紙ガスレンジ寸法図参照)を購入し、これを「し乃」の調理場に設置することとし、これに伴うガス配管の変更工事及びガス栓の設置工事を被告東京瓦斯に依頼し、同被告は、その業務委託店である被告朝日興産に右各工事を下請けさせた。

3  被告朝日興産の工事担当者であった橋本は、同月二四日、青木建設の代表者である青木と工事の打合せを行い、その際、青木に対し、ガスレンジを設置する付近の壁は、ガスレンジの高さより上方を不燃材にするよう要請したところ、青木は、これを了承した(証人青木博徳は、右事実を否定する証言をしているが、右証言部分は証人橋本正利の証言に照らすと、採用することができない。)。

4  青木は、伊藤に対し、ガスレンジ付近の壁には耐火ボードを貼らないと消防署の許可が得られないと言って、耐火ボードを貼るように勧めたが、伊藤は、予算がないのでステンレス板を貼るだけでよいと言って、右勧告を断った。

5  そこで、青木は、ステンレス板(〇・三ミリメートル)を貼れば、火が通ることはないと考え、既存の壁の床から天井の高さまで厚さ〇・三ミリメートルのステンレス板を貼り付けることにし、まず本件ガスレンジの接する壁面に本件ガスレンジの高さまでステンレス板を貼り、右壁面から約二、三センチメートル離して本件ガスレンジを設置し(証人青木博徳は、本件ガスレンジと壁面との離隔距離は一二、三センチメートルであったと証言しているが、右証言は、甲第六号証の一ないし四に照らすと、採用することができない。なお、原告らは、本件ガスレンジと壁面の離隔距離は五センチメートルであったと主張している。)、次いで、本件ガスレンジの高さより上方の壁面にステンレス板を貼り付け、本件ガスレンジと壁面の隙間に物が落ちないよう、右上方に貼り付けたステンレス板の下端を本件ガスレンジの高さの所で九〇度に折り曲げ、その折り曲げた部分を本件ガスレンジの天板部分の平面にはんだ付けした。

なお、本件ガスレンジが接する既存の壁は、内側から外側に向かって、厚さ五ミリメートルのプリント合板、厚さ〇・三ミリメートルのトタン板、厚さ四ミリメートルのベニヤ板、巾一寸五分、厚さ五分の木板を横に貼った木摺部分、三寸五分角の柱部分(柱と柱の中間に三寸五分×一寸の間柱がある。)、木摺部分と続き、外壁はモルタル塗りになっていた。

6  橋本らは、同月二四日、本件ガスレンジ付近の配管工事及びガス栓の設置工事を行い、同月二六日、前記5のとおり既に設置されていた本件ガスレンジとガス栓を接続し点火試験とガス漏れの有無を確認した。

なお、二四日の段階では、本件ガスレンジの高さより上方の壁面の内装工事は着手されておらず、本件接続工事を行った二六日の段階では、本件ガスレンジの高さより上方の壁面のステンレス貼りが完了し、内装工事が完成していた。

そして、右の段階では、ステンレス板の内側に不燃材が使用されているか否かは、外観上不明であったが、橋本らは、青木から、伊藤が前記のように耐火ボードの使用を断ったことを聞いていなかったので、ステンレス板の内側には、不燃材が使用されているものと信用し、特段の確認を行うことなく、本件ガスレンジとガス栓を接続した。

7  「し乃」は、同月二八日に開店したが、同店の調理人は、開店前日の同月二七日から、本件ガスレンジの使用を開始し、毎日、午前一〇時ころから二時間位使用し、午後も断続的に使用することがあった。

なお、本件火災が発生した当日は、二〇人位の宴会があったため、午後二時ころまで、本件ガスレンジを使用していた。

そして、同日午後四時四六分ころ、本件ガスレンジの後の壁付近から出火し、本件建物は全焼した。

8  条例によれば、ガスレンジを可燃性の壁に接近して設置する場合には、火災予防上、安全な離隔距離を設けるべきこととされており、本件火災の他にも、飲食店の厨房の壁に接して設置された大型ガスレンジの永年にわたる放射熱により壁内の木部が炭化し、これが発火した例がある。

以上の事実が認められ、右事実並びに<証拠>によれば、本件火災は、本件ガスレンジとその後壁との間に安全な離隔距離が保たれていなかったため、後壁内部の木部(前記プリント合板)が本件ガスレンジのこんろの火によって熱せられて炭化し、炭化した部分が着火して発生したものと推認される。

被告東京瓦斯は、本件火災が発生したのは午後四時四六分ころであり、本件ガスレンジは、当日午後三時以降は使用されていなかったので、本件火災の発生と本件ガスレンジの使用とは関係がないと主張するが、前記認定事実及び<証拠>によれば、本件火災は、炭化した後壁内部の木部が無炎着火し、徐々に有炎着火に至ったものと認められ、本件火災が発見されたのは午後四時四六分ころであるが、無炎着火は、それ以前に発生していたものと推認される。

したがって、本件ガスレンジが本件火災当日の午後三時以降は使用されていなかったとしても、本件火災の発生が本件ガスレンジの使用と関係がないということはできない。

また、被告東京瓦斯は、本件火災の出火箇所は、本件ガスレンジから三メートル以上も離れた天井であり、本件ガスレンジ後部の壁面には焦げることなく原状をとどめた木材部分があったので、本件火災の発生と本件ガスレンジの使用とは関係がないと主張するが、<証拠>によれば、炎は、上に向かって上昇するため、出火箇所の付近が焦げないまま残存する場合のあることが認められ、右事実及び<証拠>にかんがみると、本件ガスレンジの後壁内部に焦げていない部分があったとしても、本件火災の発生が本件ガスレンジの使用と関係がないということはできず、また、前記認定事実によれば、本件火災の出火箇所が天井であったと認めることもできない。

なお、<証拠>によれば、被告東京瓦斯が行った実験の結果によれば、本件ガスレンジの使用によって、その後壁の木部が着火温度に達しなかったことが認められるが、壁内の木材に着火するか否かは気象条件、木材の質、炭化の程度、壁の状態などによって異なると考えられるところ、右実験に使用された再現壁は、必ずしも本件建物の壁と同一の状態であったことは認められず、木材の炭化の程度も異なるものと認められるので、右実験の結果により、本件火災の発生と本件ガスレンジの使用との間に因果関係がないと認めることはできない。

三  重過失の有無

1  ガスレンジの設置に関する業務上の注意義務

<証拠>によれば、次の事実が認められる。

(一)  条例三条一項によれば、炉及びかまどの位置は、建築物等及び可燃物から火災予防上安全な距離を保つべきこととされ、同条三項一号によると、気体燃料を使用する炉及びかまど(開放式)のうち、据置型レンジ(入力一四〇〇〇キロカロリー毎時以下)及び調理器具(開放式)でバーナーが露出している卓上型こんろ(二口以上。入力九〇〇〇キロカロリー毎時以下)などは、いずれも当該機器の側方及び後方の壁面との間に一五センチメートルの離隔距離を保つべきこととされている。

なお、不燃材料で有効に仕上げをした場合あるいは防熱板がある場合は、当該機器と壁面とあるいは防熱板との離隔距離は〇とされている。

(二)  東京消防庁においては、建築業者及びガス事業者に対する防火上の指導基準として、各火災予防条例その他の情報を参考として、都市ガス機器の設置基準をまとめ、被告東京瓦斯は、昭和五二年七月、右設置基準を収録した「ガス機器の正しい設置について」と題する資料を作成し、ガス機器販売業者に対しても広く配付したが、右資料(都市ガス設置基準)によれば、据置型ガスレンジの設置基準は次のとおりである。

(1) ガスレンジを設置する周囲に可燃性の部分があるときは、ガスレンジの本体と壁面との間に安全な離隔距離を設けるか、または可燃性部分の表面を防火上有効に保護すること

ただし、現実には、ガスレンジの周囲に十分な離隔距離を設けることが困難な場合が多いので、その場合は、壁面を準不燃材料以上のもので仕上げ、かつ、こんろ等の近くでは防熱板で有効に防護すること

(2) 一定の性能を有する機器については、機器に近接する可燃性の壁面(建物の構造体の部分)の表面が準不燃材料以上の材料であれば、ガスレンジの本体と壁面とを密着して設置してもよいが、この場合においても、ガスレンジ本体の上方の周囲は、別紙ガスレンジの設置基準図1記載のように、壁面から一五センチメートル以上の離隔距離を設けること

(3) ガスレンジ本体の上方の周囲の可燃性壁面を不燃材料の防熱板で有効に防護する場合は、別紙ガスレンジの設置基準図2記載のように、壁面と防熱板との離隔距離を一〇センチメートル以上とすること

以上の事実が認められ、右事実並びに火災が生じた場合の結果の重大性にかんがみると、ガス機器の販売業者がガスレンジを販売設置する場合には、右のような設置基準に準拠し、ガスレンジ付近の壁が不燃性であるか否か、可燃性の場合は、ガスレンジと壁面との間に安全な離隔距離が確保されているか否か、放熱板の有効性などについて確認し、ガスレンジの使用によって火災が発生しないよう、未然にその危険を防止すべき業務上の注意義務があるというべきである。

2  本件接続工事における注意義務

ところで、前記二の認定事実によれば、橋本らは、本件ガスレンジを販売のため設置したものではなく、ガス配管工事及びガス栓の設置工事に付随して、点火試験及びガス漏れの有無を確認するため、既に購入設置されていた本件ガスレンジとガス栓とを接続したものであるが、このような場合におけるガス工事人の注意義務について検討するに、ガス事業法四〇条の二第三項によれば、ガス事業者は、消費機器が一定の技術的基準に達していないときは、その所有者又は占有者に対し、とるべき措置及びその措置をとらなかった場合に生ずべき結果を通知すべきこととされており、また一般ガス供給規定三三(三)によれば、被告東京瓦斯は、保安上必要と認めるときは、使用者が設置したガス消費機器の修理、改造、移転もしくは特別の施設の設置を求め、または使用を禁止することができることとされていることが認められる。

そして、<証拠>によれば、被告朝日興産は、ガス事業者たる被告東京瓦斯のサービス店(業務委託店)であり、被告朝日興産がサービス店業務を行うときは、その業務担当者は被告東京瓦斯の定める資格を有するものでなければならず、工事の施工に当たっては、ガス事業法、消防法などの関係諸法令を遵守すべきこととされていること、橋本は、被告東京瓦斯のガス工事関係に関する内部試験を受けてサービス店業務を担当する資格を取得し、前記のようなガスレンジの設置基準を一応心得ていたことが認められ、以上の事実にかんがみると、橋本らとしては、その業務の過程において、ガスレンジと壁面が接着し火災発生の危険がある状態を発見した場合には、壁の構造を確認し、火災発生の危険があるときは、ガスレンジの使用者に対し、防熱板の設置、あるいはガスレンジの使用の制限など火災を防止するために必要な適切な措置をとるよう忠告すべき業務上の注意義務があったというべきである。

しかるに、橋本らは、前記認定のように、本件接続工事を行うに当たり、本件ガスレンジの後壁内部に不燃材を使用したか否かを確認せず、伊藤に対し適切な忠告をすることもなく、漫然と本件ガスレンジとガス栓を接続し、本件ガスレンジを利用可能な状態にしたのであるから、橋本らの右行為には、前記のような業務上の注意義務を怠った過失があるというべきである。

3  重過失の有無

そこで、橋本らの右過失が重大な過失に当たるか否かについて検討するに、前記二の認定事実及び<証拠>によれば、橋本は、内装工事人である青木建設と工事の施工について打合せをした際、青木に対し、本件ガスレンジの後壁には不燃材を使用するように要請したところ、青木もその必要性を認めてこれを了承したので、後壁内部には不燃材が使用されているものと信用していたこと、橋本らが本件接続工事を行った時には、本件ガスレンジの後壁の表面には床から天井の高さまで不燃材である厚さ三ミリメートルのステンレス板が貼られ、本件ガスレンジは既に所定の位置(壁面から約二、三センチメートル離れた位置)に設置され、ステンレス板の一部(前記認定の折曲げ部分)と本件ガスレンジの天板の平面部分がはんだ付けされていたこと、本件ガスレンジの三個のこんろのうち、最も壁側に近いこんろは、別紙ガスレンジ寸法図記載のように、バーナー(円形)の直径が一二・五センチメートル、ごとく(円形)の直径が二四センチメートルの小口のこんろであり、右バーナーの中心から天板の壁側の端までは一六センチメートル(右バーナーの外縁からは九・七五センチメートル)であり、右こんろは直径二四センチメートルの鍋を乗せ、器具栓を全開にしても炎はステンレス板に接炎しないこと(ただし、本件ガスレンジと壁面との離隔距離を三センチメートルとした場合)が認められ、右事実並びに本件火災の発生については、橋本の要請にもかかわらず、壁内部に不燃材料を使用しなかった青木、伊藤らにも重大な責任があること(伊藤は、不燃材料の使用を断った以上、本件ガスレンジの使用に当たって、火災が発生しないよう、壁側のこんろの使用について注意を払うべきであった。)などにかんがみると、橋本らの前記過失をもっていまだ重大な過失ということはできない。

四  以上によれば、原告らの本件請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

よって、原告らの本件請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋 正 裁判官 鈴木航兒 裁判官 合田智子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例